毎年、成人式ではマスコミのニュースが賑わいを伝えます。
しかし最近は「荒れた若者」「もう成人式は必要ない」とか「無駄」
などの批判も出てくるようになりました。・・・
そこで、本来の意義・目的を見つめ直してみましょう。
文化のはなしは、感情論や価値観ですから、偏りがちですが、
主人公、若者に味方して主張したいと思います。
(もちろん、着物屋としても困るからね(笑)。
◆未来を担うのは彼らです。
いまの成人式も、出席者は積極的。彼らなりに楽しんでいます<最新の成人式のようす>
荒れた若者はごく一部で、大多数の若者はちゃんとしています。
広く見ても、各分野で最年少記録を出したり、活躍してますね!暴力沙汰の新成人は
論外として、
苦労の多い、フリーターや契約社員、派遣社員など、多様化した環境を創ったのは大人達。
いつの時代も、厳しい社会があり、その荒波に立ち向かう訳です。
ですから、ハタチの門出を暖かく祝福しましょう!・・・文化的にいえば、「ハレ」と「ケ」。
日常がケ。明日からのケに頑張るために、ハレがあります。ハレとは冠婚葬祭などを指します。
これは「晴れ着」の語源なのです。
◆社会のカガミ
僕の頃(15年まえ)は、比較的おとなしい成人式だったかも・・・。
1990年前半は、暴走族・非行などに対する管理教育が残っていたから?・・・
若者は、単純に時代を写しているのかも知れません。
その一方で、若い世代の考えることは共通の部分がたくさんあります。
貴重な場という認識があるから、式典の後もすぐに帰るのは惜しい。友人同士の記念撮影、
連絡先の交換、近況報告など、人脈づくりをしているのではないでしょうか?
「すみやかに解散しなさい・・・!」というアナウンスはまったく的はずれですよ。
考えてみてください。もし自分が平成育ちだったら彼らと同様の価値観をもつだろうし、
逆に彼らが大人達と同様の環境で育ったら、きっと同様の大人になるだろう・・・・これが
普通に想像できること。
◆受け継ぐ「成人式」。
成人式は、現在のやり方が定着してさえ、戦後60年も経ちます。
ほとんどの大人が通ってきた行事を、未来の世代から奪う権利は大人にありません。
式が無駄な出費というのはひどい話です。
さらに言えば、社会が高齢化するから若年世代への出費をなくすなら、それは
自分勝手、自己保身の考えじゃないかなぁ?(借金700兆円を彼らに押しつけて)
(正直、昔も今も式典はツマラナイものですが。)
儀式は厳粛な雰囲気で、背筋を伸ばし、感謝や誓いをたてる場です。
お祭り騒ぎするまえに大事なことをを受け継ぐ役割があります。
それから、親・教師・会社の経営者・町内会・・・など、社会のあらゆる立場で考えれば、
若い世代は宝なんです!未来を、希望を、お祝いする義務があるんです。
社会の新しいメンバーを歓迎しましょう。
世界中で、社会人、大人になる儀式が古来より、あります。
日本独自のやり方、オリジナリティもあります。
この行事、本来の意味・意義は素晴らしい!
春日井市の成人式も、見直したいところがいっぱいあります。
次回は、そのアイディアを書いてみます。
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